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年間降水量は多いものの季節

日本の場合、年間降水量は多いものの季節や地域によって違いがあるほか、急な地形と短い川により水はすぐに海へ流れ出てしまう。そのために水を貯えておき必要なときに使えるよう、ため池が発達してきたとされる。

古代では古墳の築造とともに池溝の開穿などの大規模な土木事業がおこなわれているが、とくに池の開穿は国家的事業として行われ、古代の農事振興に重要な役割をもっていたことが知られている。日本書紀には崇神朝に「狭山に池構を開」らせて依網池、刈坂池、反折池を、応神朝に韓国池を、垂仁朝には高石池、茅淳池、狭城池を、仁徳朝には茨田堤・栗隈大溝・和珥池・横野堤を、履中朝には磐余池などを造るなどの多くの築堤記事が載せてられている。このほか風土記などでも摂津昆陽池、肥前土歯池、豊前の三角(薦)池などの存在が記録されている。履中天皇は磐余市磯池に両枝船を桜の時期に浮かべて遊宴しているという記事も見られる。古事記では垂仁天皇の子、印色(いにしき)の入日子の命により、血沼の池・日下の高津の池とともに作られたとされる。

奈良時代の行基、平安時代の空海に関するため池の築造や補修を行ったという話が、他の土木事業の話とともに各地に多く残されていることは知られているが、その行基が関与し現存する日本最古のため池といわれている大阪府大阪狭山市の狭山池については、何度か改修工事が行われ、灌漑用として現在も使われているが、1988年の改修に伴う調査によって発掘された遺跡から築堤は7世紀初頭には作られていたことが判明し、断面の地層分布から行基による8世紀前半の改修と762年の大改修、重源による1202年の改修、片桐且元の1608年の改修などの経緯を知ることができている。

行基の時の改修では堤防の決壊によるもので、その改修に単功が83000人が充てられているとされる。また敷葉工法と呼ばれる工法がとられていることも判明しているが、こうした盛り土に植物層を含む類似の工法として中国後漢時代の安豊塘遺跡や4世紀前半百済の碧骨堤(全羅北道)、536年の築堤とみられる新羅の菁堤(慶尚北道)、5世紀から6世紀とされる八尾市の亀井遺跡664年の築堤とされる福岡県の水城跡などの遺跡でも確認され、また各地の遺跡でもその存在が推測されている。

ため池が最も多く作られたのは江戸時代で、藩の新田開発に合わせ、用水路などとともにため池が作られた。日本最大のため池である香川県まんのう町の満濃池も、8世紀初頭に作られたのち何度か決壊し、1184年(元暦元年)の決壊後はついに放置されて中に村落ができていたが、西嶋八兵衛により1628年(寛永5年)から3年をかけて池としての復旧工事が行われ、ため池として再度使われるようになった。また、水利関係で水がなかなか回ってこない皿池がある場合、新たに谷池と水路をつくり、水の供給先を増やすということも行われている。この時代になると、新たな池の築造に適した場所は残っておらず、平地の耕作地を変えてまで池(皿池)が作られた。

明治以降は先進的な西洋技術が大量に導入され、それまでよりも長い水路や巨大なダムが造られはじめたことで、ため池の中でも小さなものは必要性が薄れ、放置される例が多くなった。また、減反政策や農業従事者の高齢化の進展は必要とする池をさらに減らし、埋め立てられて学校や住宅地、工場用地、ゴルフ場などへと変わっていった。農業に従事する人が減り、ため池を管理する人間がいなくなったことで放置され整理されたところもある。しかし、灌漑以外での池の価値も見直され、貯水機能を農業以外に転用したり、文化遺産と位置づけて維持される例も見られるようになった。

自然
一般的に水深が浅く、水量も少ないところは天然の池と類似している。しかし堤や池の中は定期的に草が刈られるなどの整備が行われるほか、灌漑に利用されることで年間の水位は大きく変動するうえ、水がしばらく枯れてしまう場合もある。これらの点において天然の池と大きく違っている。水は短期間で入れ代わるため、流入する水の水質により溜池の水質は大きく左右される。また、谷池と皿池とでは水質が違ってくるため、それぞれの環境に適した動植物が生息している。東播磨地方のようにため池が隣接して多数存在する地域の多くでは池と池の間に水路があるため、池を干しても水が流れ込めば直ぐに生物が復活する。

ため池の多くが江戸時代に作られたということから、200年から300年あまりの歴史をもち、中には1,000年を超えるものもある。長い歴史を経てきた池の中や堤の周囲には、絶滅危惧種も含めた様々な動植物が生育しているところがある。環境省が発表した日本の重要湿地500の中のひとつに「東播磨北部地域の農業用水系」が選ばれるなど、近年特に溜池群の生物の多様性が高く評価されている。
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植物はガマやアシ、カヤツリグサ科といった抽水植物や、ヒシやガガブタ、オニバスといった浮水性の水草、クロモやオオトリゲモといった沈水性の水草、サンショウモやタヌキモといった浮遊性の水草が見られる。また、ジュンサイやハスなど商品価値のあるものは採取されることもある。

動物は水棲のもの、もしくは水辺をすみかとしているものが生息する。昆虫ではチョウトンボやイトトンボの仲間等がよく見られる。外来種の生物も、特に皿池に多く見られるが、ブラックバスが谷池でも見られるものがある。

堤は耕作を禁じたり、草刈りや野焼きを行うことによって大きな草木の生育を阻む等、強度を維持するための管理が行われる。そのため日当りが良くなり、日光を好む植物がよく生える。ワレモコウ・キキョウ・リンドウ・オミナエシなどはこのような場所によく生育したもので、秋の七草も多くはこのような場所に見られる。しかし放置された池や改修間もない皿池の堤では、帰化植物や背の高いササやススキ、繁殖力の高いクズなどが生え、手入れが行われないと次第に単調なものになっていく。

谷池の場合、水が流れこむ付近や、堤に水がしみ出やすい部分がある場合、そこに湿地ができあがり、狭いながらも多種の湿生植物が生息することがある。このような場所にはハッチョウトンボやヒメタイコウチなどの昆虫も生息する。

周りをコンクリートで補修されていても、多くの動植物が残っている池はある。しかし中には水質汚濁が進みアオコが大発生して生物の姿を見なくなった池もある。また、周囲が宅地化されたりすると、汚水が流入して富栄養化する例が多い。

問題点
水を流し出す樋管や、樋を付ける場所を意味する打樋(うちひ)はため池の弱点である。樋管に木材を使っていた時代では、腐食するために交換する必要があった。もし樋管が腐食して壊れると、堤の崩壊を招くことにもなる。また打樋は岩もしくは堅い土であることが求められたが、ここも頑丈でないと崩壊を招きかねない。

技術が発達し、堤や取水施設にコンクリートや金属を使うことで強度は上がった。しかし管理が行われなくなった溜池では堤の強度が下がっていくおそれがある。

水質汚濁が進んだ池は悪臭を発し、周辺で暮らす住民の不満を招くことになる。またゴミの不法投棄も問題視されている。

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2009年04月18日 12:16に投稿されたエントリーのページです。

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